こころ論文研究室
注意と没入

外国語で読むとき、心はなぜさまよいやすいのか

📄 Mind wandering during first- and foreign-language reading

✍️ Klimovich, M., Rouet, J.-F., Richter, T.

📅 論文公開: 2026年1月

認知科学 マインドワンダリング 外国語読解 実行機能 個人差研究

3つのポイント

  1. 1

    外国語(L2)の語彙力が母語(L1)より低い人ほど、L2で読んでいるときに心がさまよいやすい(マインドワンダリング)ことが4つの研究で確認されました。

  2. 2

    L2の語彙力が理解を大きく妨げる場合は「気づかないうちにさまよう」無意図的な心のさまよいが増え、語彙力が理解をある程度支える場合は「あえて注意をそらす」意図的な心のさまよいが増えました。

  3. 3

    L1とL2の語彙力が同程度の参加者では言語間の差が消えたため、原因は言語そのものより語彙力の差にあると考えられますが、いずれも個人差に基づく比較であり因果関係を証明するものではありません。

論文プロフィール

  • 著者: Klimovich, M. / Rouet, J.-F. / Richter, T.
  • 発表: 2026年、Psychonomic Bulletin & Review
  • 対象: 外国語(L2)を学習中の成人。ドイツ語-英語、フランス語-英語、英語-ドイツ語、ドイツ語-フランス語という4つの異なる言語ペアで、それぞれ独立した参加者集団を対象に4つの研究を実施
  • 調査内容: 母語(L1)と外国語(L2)で読解課題を行う際の マインドワンダリング (考えが目の前の文章から逸れてさまよう状態)の頻度、読みにくさの感じ方、理解度を比較。研究2〜4では、そのさまよいが「気づかないうちに起きたもの」か「自分から意図してそうしたもの」かも区別して測定
  • 証拠の強さ: 4つの独立した研究で一貫した傾向が確認された点は心強い一方、いずれも参加者の語彙力という個人差に基づく比較であり、ランダム化された実験ではありません。横断的な観察に近い証拠にとどまります。

エディターズ・ノート

「読んでいるのに頭に入ってこない」という体験は、外国語学習者にとって珍しくありません。この研究は、その体験の背後にある注意の働きを、意図的か無意図的かという切り口で分解しようとした点が興味深く、「注意と没入」という様式を照らす知見として取り上げます。

何がわかったか

4つの研究を通じて、L2の語彙力がL1より明らかに低い参加者は、L1読解時よりもL2読解時にマインドワンダリングの頻度が高いという傾向が一貫して見られました。一方、研究1・2で語彙力がL1とL2でほぼ同程度の参加者を対象にした場合、この言語間の差は見られませんでした。この対照から、さまよいを生んでいるのは「言語が変わること」自体ではなく「語彙力の差」らしいと読み取れます。

さらに研究3・4では、L2の語彙力の乏しさが文章の表面的な理解(textbase)だけでなく状況モデル(内容の全体像の理解)まで妨げるほど深刻な場合、無意図的なマインドワンダリングが増加しました。これは、課題の要求が使える 実行機能 (考えを目標に向けて制御する力)の余力を超え、自動的に関係のない考えが入り込んだと解釈されています。対して研究1・2のように、L2語彙力が表面的な理解を支えられる程度だった場合は、意図的なマインドワンダリングの方が増え、しかも「読みにくいと感じる度合い」がこの関係を媒介していました。つまり、読み手が「これ以上のコストに見合う理解が得られない」と自覚的に判断し、注意を外していた可能性を示しています。

🔍 意図的なさまよいと無意図的なさまよいの違い

マインドワンダリングは一様な現象ではなく、大きく2つに分けて捉えられます。

  • 無意図的: 気づかないうちに考えが逸れている状態。課題の要求が処理能力を超えたときに起きやすいとされます。
  • 意図的: 「これ以上この文章に注意を向ける価値がない」と、ある程度自覚しながら注意を外す状態。

この研究では、どちらが優勢になるかが「語彙力がどこまで理解を支えられているか」で変わって見えた点が特徴です。

🔍 この研究の限界

この研究には解釈上の注意点がいくつかあります。

  • 参加者は「L2語彙力が高い/低い」という既存の個人差で比較されており、無作為に割り付けられた実験ではありません。語彙力と相関する別の要因(学習経験・不安の高さなど)が影響している可能性を排除できません。
  • マインドワンダリングの測定は自己報告に基づいており、報告のしやすさ自体に個人差がある可能性があります。
  • 対象となった言語ペアは欧州言語同士(英・独・仏)に限られており、文字体系が大きく異なる言語(例: 日本語と英語)でも同じ傾向が見られるかは分かりません。

理論的枠組みとの接続

無意図的/意図的という区別は、 二重過程理論 (自動的で速い処理と、熟慮的で制御された処理を分けて捉える枠組み)と重ねて読むことができます。実行機能の余力を超えたときに自動的にさまよいが生じるのが前者、読みにくさを踏まえて意図的に注意を外すのが後者に近いと言えるでしょう。

また、課題の難しさと自分の技能のバランスが崩れて没入が途切れるという構図は、 フロー 理論が扱う「挑戦と技能の釣り合い」の裏返しとも解釈できます。L2語彙力という技能が課題の要求に見合わないとき、没入ではなく注意の逸脱が起きやすくなる、という見方です。ただしこの研究自体はフロー体験を直接測定したものではなく、あくまで接続点としての示唆にとどまります。

自己観測への手がかり

外国語に限らず、不慣れな分野の文章や専門的な資料を読んでいて心がさまよったとき、それが「気づいたらどこか別のことを考えていた」ものだったか、それとも「これ以上読む価値がないと自分で判断していた」ものだったかを振り返ってみると、そのときの自分がどこで処理能力の限界を迎えていたのか、あるいはコストと見合わないと判断していたのかを見分ける手がかりになるかもしれません。

読後感

最近、外国語や不慣れな分野の文章を読んでいて心がさまよった経験はありますか。それは気づかないうちに起きていたものでしたか、それとも自分から注意を外したものだったでしょうか。