こころ論文研究室
動機

「任務指揮」は兵士のやる気を高めるか――自己決定理論から読み解くリーダーシップと自律性

📄 Mission command: A self-determination theory perspective.

✍️ Knevelsrud, HC, Sørlie, HO, Valaker, S

📅 論文公開: 2024年

3つのポイント

  1. 1

    任務指揮(Mission Command)スタイルのリーダーシップは、自律性への基本的欲求を満たすことを通じて、兵士の自律的動機づけを間接的に高めることが示された。

  2. 2

    自律的動機づけが高いほど職務満足度が高く、離職意向が低い傾向が確認された。

  3. 3

    この研究は横断的な質問紙調査(N=286)であり、因果関係の方向性は確認されていない。

論文プロフィール

  • 著者: Knevelsrud, HC / Sørlie, HO / Valaker, S(2024年)、掲載誌: Military Psychology
  • 対象: ノルウェー国防軍の即応部隊 3 部隊に所属する兵士 286 名
  • 調査内容: 任務指揮行動の知覚度・基本的心理욕求の充足・自律的動機づけ・職務満足・離職意向を質問紙で測定し、構造方程式モデリング(SEM)で関連を検討
  • 証拠の強さ: 横断研究 のため因果は示せません。観察に基づく低程度の証拠です。

エディターズ・ノート

「命令に従うだけ」ではなく「なぜそうするかを理解したうえで動く」――そのような裁量を与えるリーダーシップが、内側からわき起こる動機にどう作用するのかは、軍だけでなく多くの組織で問われ続けてきた問いです。この研究は、動機づけという「様式」の観点から、自律を支えるリーダーシップの役割を丁寧に解きほぐしています。

何がわかったか

本研究では、ノルウェー国防軍の即応部隊に所属する 286 名を対象に、任務指揮(Mission Command)という軍のリーダーシップ哲学と、兵士の動機づけの関係を構造方程式モデリングで検討しました。

任務指揮とは、命令の詳細を指定するのではなく、目標の意図を伝えたうえで実行方法の裁量を部下に委ねるリーダーシップのスタイルです。多くの国の軍で採用されており、効率的な任務遂行以上の効果が期待されています。

分析の結果、以下のことが示されました。

  • 任務指揮は 内発的動機づけ (報酬や強制によらず、それ自体が面白い・意義があると感じて動く状態)に直接は関連していなかった
  • しかし、任務指揮は自律性の欲求(自分で選択・決定したいという基本的な心の欲求)の充足と直接関連していた。
  • そしてその自律性欲求の充足を経路として、任務指揮は 自己決定理論 の言う自律的動機づけに間接的に影響していた。
  • 自律的動機づけが高い兵士ほど職務満足度が高く、離職意向が低い傾向があった。
🔍 任務指揮(Mission Command)とは何か

任務指揮は NATO 諸国を含む多くの軍で採用されている指揮哲学で、「commander’s intent(指揮官の意図)」を明確に伝えつつ、具体的な実行方法の決定権を現場の部下に委ねる点が特徴です。トップダウンの細かい命令とは対照的なアプローチで、現場の自律的判断と柔軟な対応を重視します。この姿勢が、心理学の言う「自律性支援型リーダーシップ」と重なると研究者たちは位置づけています。

🔍 この研究の限界を率直に

本研究は横断的な質問紙調査であるため、変数間の関係の「方向性」や「因果」は確認されていません。たとえば、もともと動機づけが高い兵士が任務指揮をより肯定的に知覚しているだけかもしれません。また、サンプルはノルウェー国防軍の即応部隊に限定されており、他の軍種・職種・民間組織への一般化には慎重さが必要です。測定尺度も本研究のために新たに開発されたものであり、外的妥当性の検証はこれからです。

理論的枠組みとの接続

本研究の骨格は 自己決定理論 (Deci & Ryan)です。同理論は、人間には「自律性・有能感・関係性」という 3 つの基本的心理욕求があり、これらが充足されることで自律的な動機づけが育まれると説きます。

任務指揮は、部下に裁量と意図の共有を与えることで、とりわけ自律性の欲求を満たすリーダーシップとして機能すると解釈されます。本研究の結果は、この欲求充足が中間変数として機能し、最終的に動機や職務態度に波及するというプロセスと整合的です。

注目すべきは、任務指揮が自律的動機に「直接」ではなく「欲求充足を介して間接的に」関連した点です。リーダーの行動そのものが動機を変えるのではなく、「自分には選択肢がある」という心理的感覚を経由することで動機が変化するという見方は、自己決定理論の論理と一致しています。

自己観測への手がかり

職場やチームで「裁量を与えられている」と感じるかどうかは、動機の質に影響しているかもしれません。義務だから動くのか、意図を理解したうえで自分で選んで動いているのか――その区別は、日々の小さな仕事の場面でも観察できるかもしれません。どんな状況のとき、あなたは「自分で決めている」と感じますか。

読後感

あなたが「やらされている」ではなく「自分がやっている」と感じた最後の場面は、どんなとき、どんな関係性の中にありましたか?